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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7514号 判決 1985年6月17日

原告

土居俊文

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

谷口悟

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金九五万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、人事院が昭和四八年度及び昭和四九年度において実施した各国家公務員採用上級甲種試験(法律区分)第一次試験(以下「本件各公務員試験」という。)の受験者であつたが、右各試験において、原告の得点が合格基準に達した得点をしていたにもかかわらず、人事院は原告を不合格と誤つて判定した。

2  原告は、司法試験管理委員会が昭和五一年度及び昭和五二年度において実施した各司法試験第二次試験の受験者であつたが、右各試験の短答式試験(以下「本件各短答式試験」という。)において、原告が合格基準に達した得点をしていたにもかかわらず、司法試験管理委員会は原告を不合格と誤つて判定した。

3  人事院及び司法試験管理委員会は、国の公権力の行使に当たる機関であるところ、右各機関はその職務を行うについて、故意又は過失によつて、前記1、2の違法行為をなしたものであるから、被告は国家賠償法一条一項に基づき、原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。そして原告は、前記各試験に合格の上、国家公務員又は法曹実務家になつていたならば得べかりし収入を、前記各機関の違法行為により失つたものというべきであり、また原告は右違法行為により甚大な精神的苦痛を被つた。

よつて原告は被告に対し、右損害賠償請求権に基づき、損害金の内金として、前記各年度の各試験に関する慰謝料の内金として金四七万五〇〇〇円、逸失利益の内金として金四七万五〇〇〇円の、各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告がその主張にかかる各試験において合格基準に達した得点をしていたとの点は否認し、その余は不知。

2  同2の事実中、原告が本件各短答式試験の受験者であつたこと、司法試験管理委員会が本件各短答式試験において原告を不合格と判定したことは認め、その余は否認する。

3  同3の事実及び主張は争う。

三  被告の主張及び抗弁

1  原告が本件各公務員試験の受験者であつたか否かについては、関係資料の保存期間が経過したため、確認することができない(試験関係資料整理保存規程)。しかしながら、右受験者であつたとしても、国家公務員採用試験の合格者の決定は次に述べるとおり法令に従い適正に行われているものである。

すなわち、第一次試験合格者の決定は、国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)及び人事院規則八―一八(採用試験)の規定により、試験機関である人事院が試験種目ごとの判定基準に達した受験者につきすべての試験種目についての結果を総合して得られた成績順に従い、必要と認められる人数を限つて行うものである。第一次試験合格者については、試験機関の定める所定の場所にその氏名を掲示して発表するとともに、本人には書面で通知しているところである(同規則四三条、採用試験事務取扱規程二九条・三三条・三四条)。

原告が受験したとする当該試験の受験、合格者発表等についての原告からの照会、苦情等もこれまでに一切無く、当該試験は前述した正規の手続通り適正に実施され、原告は合格基準に達する得点をなし得なかつたものと言わざるを得ない。

2  原告は本件各短答式試験において合格点に達する得点ができなかつたものである。

当該試験における合格者の決定方法は、司法試験法(昭和二四年法律第一四〇号)八条の規定により、司法試験考査委員の合議によつて決定され、司法試験管理委員会の会議等に関する規則(昭和三六年司法試験管理委員会規則第一号)の四、(五)に基づき合格者の氏名をそれぞれ官報に公告し、更に同法九条に基づき合格したことを証する証書を授与しているのであつて、すべて法令に基づき適正に行われたものである。

3  右のとおり、被告には何らの違法行為もないことは明白であるが、予備的に時効消滅を主張する。すなわち、原告は本件各公務員試験については昭和四九年当時、本件各短答式試験については昭和五二年当時において既にそれぞれ損害及び加害者を知つたものであるから、原告の請求権の存在を仮定しても、それらの時から三年の経過により、時効により消滅しているので、被告は本訴において右時効を援用する。

四  被告の主張及び抗弁に対する認否

すべて争う。

なお、損害賠償請求権の消滅時効については、原告において損害及び加害者を確知できない事情があるから、時効は完成していない。

理由

裁判所がその固有の権限に基づいて審判しうる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に限られ、いわゆる法律上の争訟とは、「法令を適用することによつて解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争をいう」ものと解される。したがつて、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつても、法令の適用によつて解決するのに適しない問題については、裁判所の審判の対象となりえないものというべきである。

本件についてこれをみるに、国家公務員採用試験は、「職務遂行の能力を有するかどうかを判定することを以てその目的とする」ものであり(国家公務員法四五条)、司法試験第二次試験は、「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することをもつてその目的と」するものである(司法試験法五条一項)。したがつて、国家公務員採用試験における合格・不合格の判定は、国家公務員としての職務遂行能力の有無の判断を内容とする行為であり、司法試験第二次試験(短答式、論文式、口述の方法による。)における合格・不合格の判定は、裁判官・検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識・応用能力の有無を判断内容とする行為であつて、いずれも、その性質上試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであつて、裁判所がその判断の当否等を審査し、具体的に法令を適用して、その紛争を解決できるものとはいえない。このように考えると、本件各公務員試験及び本件各短答式試験における原告に対する合格・不合格の判定の誤りについては裁判所の審判権が及ばないものというべきであつて、裁判所は、本件各公務員試験及び本件各短答式試験についての人事院及び司法試験管理委員会の合否の判定が誤つているとの原告の主張を肯認して原告主張の損害の賠償を命ずることはできず、したがつて右判定の誤りを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、(なお、本件のような場合には、請求自体が裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらないものとして訴を却下すべきであるとする見解もあるが、本訴請求は、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求すなわち金銭の給付を求める請求であり、前記各試験実施機関による合否の判定の問題は、その前提問題にすぎず、合否の判定そのものを訴訟の目的とするものではないから、本訴請求が裁判所の審判の対象となりえないものということはできないと解するので、本件においては請求棄却の判決をすることとする)、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(岡崎彰夫 高橋隆一 竹内純一)

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